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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)123号 判決

控訴人

平和農産株式会社

代理人

石橋利之

被控訴人

株式会社末崎農園

代理人

中川利吉

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対して金五、二四七、七〇〇円及びこれに対する昭和三五年一二月二六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも全部控訴人の負担とする。この判決は、控訴人勝訴部分に限り、控訴人が金一五〇万円の担保をたてたときは仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一、控訴人が昭和三五年一月二一日被控訴人に対して、控訴人の輸入する米国大粒ライマ豆格外品三〇〇トンを代金一、六七五万円(六〇キロにつき三、三五〇円)で売渡す旨の契約(細目の点を除く)を結んだことは、右ライマ豆の品質及びこの点から生ずる契約の性質の点を除いて、当事者間に争いがない。

そこで、まず、本件売買の目的とされたライマ豆の品質について判断する。

本件売買契約の締結途上において、控訴人の従業員山本茂生が被控訴人と商談中に本件見本を呈示したことは当事者間に争いがない。ところが、控訴人は、右見本は説明のための標準物にすぎず、目的物の品質を保証したものではないから、本件売買は説明売買ないし標準売買の域を出ないと主張するのに対し、被控訴人は、本件売買は売買目的が見本と同一品質であることを保証された見本売買であると抗争するので、按ずるに、被控訴人主張の売買類型である見本売買について、民法は特別の規定を設けていないけれども、売買の目的物を見本によつて定めた場合には、これを見本売買とし、売主は目的物が見本と同一の品質、性能をもつことを保証したものとして、給付された目的物が見本と異なるときは、不特定物売買では不完全履行となり、特定物の売買では瑕疵担保責任を生ずると解するのが相当である(従つて、見本売買か否かは、目的物の特定に関することがらであり、給付された目的物が見本に適合することを停止条件とし、あるいは適合しないことを解除条件とする条件付売買とは売買の類型を異にする)。そして、見本売買が給付物の見本適合性を予め確保しておく特殊売買であることからみて、見本売買が成立するためには、単に契約締結途上において見本が呈示されたというだけでは足りず、当事者間に、見本によつて目的物を定める旨の明示、場合によつては黙示の合意がなされることを要するものというべきである。本件の場合についてこれを見るに、〈証拠〉に弁論の全趣旨を総合すると、次のような事実が認められる。

(1)  豆類の輸入商社が海外産地又は売地に出向くことなく、海外商社と電信電話や書面で交渉のうえ、サンプルを送付させ、大体同程度のものが船積送付されるものと信用して売買契約を締結するのが通常であること。また、一回の取引量が多いので、相場の変動による危険を避けるため、先物契約の行われることが多く、殊に格外品の先物取引のときには、海外売主の手もとにも現物がなく、その年の収穫高等から格外品の産出量を予測して売買される例が多く、その時には前年度に取引されたサンプル類似見本(タイプサンプル)すなわち大体の程度を判断させる手段として、買主に参考の意味で送付されるのが通例であること。

(2)  輸入商社では、一回の輸入量が多く、相場の変動を避けるため、売りさばきについても先物契約をする例が多く、現品到着前に右サンプルを小袋にわけて販売具が得意先を廻り、転売をはかるのであるが、輸入商社としては、現品未到着でその品質を具体的に確認することができず、かつ右サンプルも類似見本として送付を受けているにすぎないので、転売の商談にあつても、大体の説明をするためのいわゆる説明見本として取扱うのが通常で、サンプルと同一品質を有する物の給付を保証することは、将来クレームを受ける危険が極めて高いため、そのような保証は事実上不可能とみられていること。ことに格外品は、規格品を選別するときに派生するもので、品質にむらが多く、その予測が極めて困難なため、通例見本売買は行われていないこと。

(3)  穀類について、特に後日引渡品がすりかえられないことを保証するため、見本売買の行われることもないではないが、その場合には、穀物取引業界の慣行として、現存する目的物を示し、それより少量を抜取つて見本とし、若くは見本を封緘して、その同一性を確保する等の方法がとられており、現実の良否が天然にまつところ大であるため、一般取引として豆類の見本売買が行われることは殆んどないといつてよいこと。

(4)  米国産ライマ豆には、米国農務省の定めたエキストラ・ワン、一級品、二級品、三級品の規格があり、この規格に適合しないものが格外品とされるのであるが、米国産ライマ豆の取引方法も、格外品の場合を含め、以上と異るところはないこと。ただ米国産ライマ豆は、シアン(青酸)化合物により消毒の上輸出されてくるので、わが国の食品衛生の面からシアン(青酸)化合物含有豆に指定されており、厚生省承認製工場以外での使用が禁じられているため、輸入許可、販売にはそのための所定の手続を経なければならないこと。

(5)  また、ライマ豆格外品の場合、サンプルと比較して輸入到着品の品質がより良いときに値増金を支払う商慣習は存在しないが、より悪いことが判然としているときには、売買目的(通常は製)に使用しうるものである限り、値引又は値鞘金の決済等により解決している商慣習が存在すること。

(6)  雑穀問屋(関西雑穀商協同組合員)であり、かつ輸入業者である控訴会社は、昭和三五年一月頃、米国の農産物会社バーガー・エンド・フレート商会から航空便で送られてきた米国産ライマ豆格外品の見本の一部(本件で使用された見本)を販売山本茂生にもたせて、九州方面での受注にあたらせ、同人は四月一五日頃、かねて控訴会社と取引関係のあつた大分県日田市の製業者である被控訴会社において、本件見本を被控訴会社代表取締役末崎光生に示して、ライマ豆外品は始めて取引するので、性質はよく判らないが、製用としてよく売れている等の説明をして、商談をすすめ、末崎社長も、ライマ豆を使用した経験がないので、本件見本の一部を噛み割つて品質を調べたりしたが、同日は売買が成立するには至らなかつたこと。しかし、その価格が当時の国内産製原料豆に比較して格安であつたことから、末崎社長は、同月二一日被控訴会社宮崎支店において、被控訴会社の傍系会社である熊本県八代市の熊本農園の経営者城後輝彦及び宮崎県都城市の大阪製の経営者城後炳と協議し、被控訴会社が窓口となつて、製原料として、協同大量買付をすることを計画して、売り込みに来合わせた山本に対し再び本件見本の呈示を求めたうえ、一応の説明を聞き、末崎社長がその場から控訴会社の角田一夫専務取締役(当時)に電話をかけ、同専務との間で、米国産輸入大粒ライマ豆格外品一〇〇トンを代金六〇キロにつき三、三五〇円、同年三、四月中に神戸港入港のうえ(従つて、現品未到着の輸入品であることは末崎社長も了解していたことになる)、久大線日田駅渡しとする旨の売買契約を結び、同日さらに、採算がよい上に白のほか赤の原料の一部に使用すればさらに多量の利用が可能であると考えて(このことは赤原料に使用してもなお採算のとれる価格であつたことを意味する)、右三者協議の上、末崎社長が角田専務に電話で、二〇〇トンを追加注文し、角田専務との間で、売買数量を計三〇〇トンとし、代金支払方法は一五〇トン分を現金払い、残一五〇トン分は引渡の三〇日後を満期とする約束手形で支払う旨の合意をしたこと。その際角田専務は、目的物の品質についての末崎社長の質問に対し、現品未到着で品質を確認していないが、サンプルより悪いものではないと思うという程度の返答をしたにとどまり、見本と同一品質の保証をした事実はないこと。山本も右一五日と二〇日の二回にわたり本件見本を末崎社長に示してライマ豆の説明をしたが、売買契約の内容として見本と同一品質の保証をする旨を告げた事実はないこと。右売買契約成立の日、山本は封筒に入れた本件見本を被控訴会社宮崎支店に置いたままで帰つたが、これに封緘の施された事実はないこと。末崎社長も見本を宮崎支店に放置したまま日田に帰り、その後見本を入れてあつた封筒も紛失され、後記認定のとおり検乙一号証は本件見本と認められないこと、控訴会社における見本の保管方法か、見本売買にあつては考えられないほど杜撰であつたこと。角田専務は本件売買成立後、控訴会社が通常の取引に使用している印刷した契約書用紙二通に所要の事項を記入し(もとより見本売買とする旨の記載はない)、被控訴会社に郵送し、買主欄に押印して返送するように求めたが、その返送がなく、逆に個々の条項につき訂正加入等の申入れもなかつたこと。控訴会社としては契約書の返送されない事例もかなりあるため、被控訴会社から返送がなくても、別段気にとめなかつたこと。

以上のような事実が認められる。これに反し、被控訴会社代表者は原審及び当審(いずれも第一、二回)において、製原料豆のうち格外品の売買は一般に見本売買が行われており、本件の場合は、商談中山本が現品は見本より上質であると告げ、控訴会社の角田専務も電話で見本以上の品質を保証したので、これを条件に本件売買契約を締結した旨供述し、原告及び当審証人城後炳、原審証人末崎一雄、当審証人塩崎顕義もこれに副う供述をしているが、これらの供述にいう見本売買は、商談中に見本の呈示された売買をすべて見本売買と速断しているきらいがあるうえ、前掲に照らしてにわかに信用し難く、他に前認定を左右しうるに足りる証拠はない。そして、右認定の事実によると、輸入豆類の国内販売にあつては、輸入先から送付を受ける類似見本によつて、現品未到着のうちに売買が行われ、特に格外品の場合には前年度の産物が見本とされることもあつて品質のばらつきが大きく、売主として見本と同一の品質を保証することは事実上不可能であり、例外的に見本売買が行われるときには、現存する現品からの抜取りないしは封緘見本の交付がなされる商慣習が存在するのに、本件の場合は、売主の手もとに現品のないことは売買当事者間で了解されており、見本が封緘された事実がないのであつて、他に当事者間で、右商慣習を排して見本売買を行なつたものと認められるような特段の事情も存在せず、商談中に見本が呈示されたとはいえ、見本の保管方法や控訴人が通常の契約書用紙を送付し、これに被控訴人が異議をとなえた事実もないことなどからみても、本件売買は見本売買ではなく、本件見本は単に目的物が大体どのようなものであるかを示す類似見本であり、結局本件売買は、実際に給付される目的物の品質が見本と相違しても、売買目的を達しうるものである限り、これをもつて契約違反とせず、値引によつて利害の調整をはかる、いわゆる標準売買にあたると解するのが相当である。

すると、本件売買は本件見本を一応の標準(類似見本)とする米国産大粒ライマ豆格外品三〇〇トン(不特定物)を目的物として締結せられた標準物売買であるとする控訴人の主張は理由があり、これを見本売買であるとする被控訴人の主張は理由がない。

二、被控訴人は、また、本件売買は給付される物と見本との一致を停止条件とし、不一致を解除条件とする売買であつたとも主張し、原審証人末崎一雄、原審当審証人城後炳、被控訴会者社(代表原審第一、二回及び当審第一回)は右主張に副う供述をしているけれども、本件売買が前認定のような標準物売買であることは前示のとおりであり、これに反する右各供述は前認定に供した各証拠に照らして信用できず、他に前認定を覆えし、被控訴人の右主張を認めるに足りる証拠はない。従つて、本件売買が右のような条件付売買であることを前提とし、本件ライマ豆の品質を云為して、本件売買の効力を否定しようとする被控訴人の条件付売買に関する抗弁は理由がない。

三、そこで、次に被控訴人の主張する瑕疵担保による解除の抗弁について判断する。

この点に関し、被控訴人は、本件ライマ豆が、本件見本と一致しないばかりか、製の原料という本件売買の目的を達しえない粗悪品であつたから、民法第五七〇条、第五六六条所定の解除原因があると主張し、これに対して控訴人は、これを否定して、本件ライマ豆は見本に適合するものであつた旨抗争するので、本件ライマ豆と本件見本の品質について比較検討をするに、被控訴人は本件見本の一部であるとして検乙第一号証を、双方立会試験のための現品見本の一部であるとして検乙第二号証を提出するのであるが、検乙第一号証のライマ豆はわずか二六粒しかなく、しかもそのうち割れたものは五、六粒にすぎないのであつて、〈証拠〉によると、山本が置いて帰つた本件見本は、通常の封筒に約二分の一程入つており、検乙第一号証よりも量が多かつたこと、製原料としての性能を試すため商談中に噛み割られた豆だけでもかなりの数の割れ豆を生ずるはずであること、本件見本は被控訴会社宮崎支店から城後炳が都城の大阪製に持つて行き、その後昭和三五年六月初頃の双方立会試験(これについてはのちに認定する)までの間に控訴会社本店に送られ、原審検証のときには入れてあつた封筒も最初のものと異つていたことが認められ、その間に、いつどのようにしてその量が減り、あるいは封筒が変つたかについては、約五粒が被控訴会社訴訟代理人の手許に残されている旨の原審(第一回)での被控訴会社代表者の供述のほか、これを認めうる資料が全く存在せず、被控訴会社代表者自身が山本から見本を受取つたときの状況をよく記憶していないと供述(原審第二回)する始末であつて、見本の管理は極めて杜撰であつたと認めるほかはなく、この間に紛失された豆が、本件見本の完全豆、割れ豆等の割合に正確に比例していたとの保証は全くない。以上のことに、原審及び当審での控訴会社代表者の、本件見本は完全豆約二〇パーセントで、他は二つ割れ、四つ割れあるいは八つ割れのものであり、夾雑物(茎)も入つていたとの旨の供述を考え併せると、不良豆等を取り除く等の作為が加えられた疑いも強く、さらには本件見本以外の豆とのすりかえさえも疑えないでもないのであつて、検乙第一号証をもつて、本件見本の総体、ないしはその品質を正確に伝える一部と認めることは到底できない。また検乙第二号証についても、〈証拠〉によると、昭和三五年一一月一一日神戸市兵庫第一突堤所在の株式会社住友倉庫支店兵庫営業所倉庫における原審(証拠保全手続)検証の対象となつた本件ライマ豆に比較して、検乙第二号証のライマ豆は、明らかに割れ豆等の屑豆の混入率が高いことが認められ、昭和三七年九月二六日の原審での検乙第二号証の検証までの経年変化を考慮しても、保管状態が余程悪かつたか、なんらかの作為を加えられた疑が強く、これまた本件ライマ豆の品質を正確に伝えるものとは認められない。

してみると、検乙第一号証は本件見本の品質を証明できる証拠とはいえないし、本件見本の品質に関する原審及び当審証人城後炳、被控訴会社代表者(原審第一、二回、当審第一回)の供述と、控訴会社代表者(原審当審)の供述は互にくい違つていて、右各供述のみでは、割れ豆の混入率等本件見本の品質を具体的に明確にすることはできず、他にこれを的確に認めうる証拠はない。

そして、〈証拠〉に弁論の全趣旨を綜合すると、次のような事実が認められる。

(1)  本件ライマ豆は、昭和三五年二月二五日農業市場及びカリフオルニア州農務省の輸出検査(検査総量は汽船プレジデント・バン・ビューレン号積込の本件ライマ豆を含む一、二〇五、〇九三ポンド、約545.6トン)の結果、完全豆32.6パーセント、分割豆31.6パーセント、破損豆34.0パーセント、夾雑物1.9パーセントと判定されたとこと。

(2)  右プレジネデント・バン・ビューレン号は、同年三月一六日神戸港に到着し、積荷の本件ライマ豆は、艀に移され、同月一八日神戸植物検疫所の検査を受けたところ、菌核菌(豆自体でなく、夾雑物の茎や葉に付着し、篩(ふるい)等による選別により除去できる植物の病菌)の付着していることが判明し、同月二二日九〇キロ入りの袋三、三三四袋に詰めて、前記住友倉庫兵庫営業所倉庫に仮揚げされたうえ、菌核菌の選別をまつて、同年五月七日、一五日、一六日、二一日の四回に分けて、順次検疫に合格し、輸入を許可せられたこと。

(3)  同年三月末頃、被控訴会社の要求で、控訴会社は前記山本に、到着ライマ豆のうち約二キロの現品見本を被控訴会社に届けさせ、その際山本は、菌核菌を取除いたうえで引渡す旨を伝えたが、被控訴会社からは、右現品見本の品質がさきの見本と異り赤の原料にも使用できないからこの取引はできない旨を記載した同年四月三日付消印のあるはがきが控訴会社に送られてきたこと。

(4)  そこで控訴会社は、以後毎月のように山本を被控訴会社に派遺し、引取方を交渉させたが、被控訴会社は見本との品質相違を理由に引取を拒み、精選して見本以上のものにして引渡すとの山本の交渉にも応じなかつたこと。

(5)  このような交渉の過程において、本件ライマ豆で果して製の目的を達しうるかを被控訴会社において実験することとなり、同年六月頃、控訴会社の送付した九〇キロ入り二袋の見本を使つて、被控訴会社久留米工場において、一回目には山本が、その約五日後の二回目には山本及び角田専務が立会つて、二回にわたる製の実験が行われたが、ともに糊状となつて白の製造に失敗したこと、しかし控訴会社、被控訴会社ともにライマ豆について経験がなかつたうえ、工場の設備が古く、また火の調節方法にも角田専務としては納得できない点があり、同人は右実験結果に異論を述べ、さらに実験することを求めたが、被控訴会社は何度実験しても同じであるとして応じなかつたこと。

(6)  しかし、本件ライマ豆は、山本の呈示した本件見本に比較して割れ豆や夾雑物の混入率がやや高い程度で(著しく異なると認めうる証拠はない)、前認定のとおり製用としてしか輸入を許可されないライマ豆のうち、格外品として普通程度の品質のもので、一般に、ライマ豆格外品は、割れ豆が多いため、完全豆のみの場合と同様の製法では焦げついたり、糊化するため製に失敗することになるが、水漬けの時間、釜への仕込み方、火加減、蒸し加減等技術的な面に注意をすれば、特に旧式の設備を使用するのでない限り、通常の製業者でも十分白の原料として利用することができ、技術の巧拙によつて多少焦げるのを避けられず、ライマ豆のみで上白を製造することはできないことがあつても、他の原料豆と混合して用いると、上白の原料としても遜色がないこと。原審(証拠保全手続)鑑定人内藤幸一は本件ライマ豆三六〇キロから普通白五六〇キロを製造したこと。

(7)  本件売買契約締結後間もなく、豆類の取引相場が著しく低落したが、ライマ豆格外品は原価の低減をはかるたために使用されることが多く、他の豆類が安いときには使用されにくい傾向にあること。

以上の事実が認められ、被控訴会社代表者の供述(原審第一、二回、当審第一回)中右認定に反する部分はにわかに信用できず、当審証人塩崎顕義の証言も右認定を左右するに足りるものではないし、他に右認定を動すに足りる証拠はない。右認定の事実によると、本件ライマ豆は、山本の呈示した本件見本に比較して割れ豆や夾雑物の混入率がやや高かつたが、米国産大粒ライマ豆格外品としては普通程度のもので、双方立会試験では製に失敗したとはいえ、製に成功するかどうかは製技術に影響されるところが大きく、通常の製業者であれば普通白を製造する原料として十分な品質をもつものであり、他の上質豆と混用するときは上白の製造も可能で、本件売買の目的を達するに足りる品質をそなえていたものというべきである(被控訴会社が本件ライマ豆到着後間もない頃に現品見本の送付を求め、直ちに品質相違を主張して引取りを拒む意思を明らかにし、極めて強い態度で引取を拒み続けたのは、あるいは、大量買付をしたのに思わくに反し豆類の相場が著しく低落したことによるものかとも推測される)。

従つて、本件ライマ豆が本件売買の目的を達しえないことを前提とする被控訴人の瑕疵担保による解除の抗弁は理由がない。

四、被控訴人は、さらに前記山本が本件売買契約の合意解除を了承したと主張し、原審証人末崎一雄、当審証人城後炳、被控訴会社代表者(原審第一、二回、当審第一回)はこれに副う供述をしているが、本件ライマ豆の引取をめぐる控訴会社と被控訴会社間の前段認定の交渉経過に徴して右各供述は信用できず、他に右合意解除の事実を認めるに足りる確証はない。従つて、被控訴人の右合意解除の抗弁は理由がない。

五、次に、控訴人の主張する売買代金の遅滞を理由とする契約の解除について判断する。

控訴人が被控訴人に対し昭和三五年九月二八日到達の書面(内容証明郵便)をもつて、同年一〇月六日前記倉庫において本件ライマ豆を引渡すから、売買代金の支払と引換えにこれを受領されたい旨の履行の提供と売買代金の催告をするとともに、右期日に履行のないときは本件売買契約を解除する旨の条件付契約の意思表示をし、被控訴人がこの催告に応じなかつたことは当事者間に争いがない。

被控訴人は、本件ライマ豆の品質が見本に適合するものではないから、右履行の提供はその効力がなく、右契約解除の意思表示は無効であると主張するけれども、本件売買が見本売買でなく、本件見本を一応の標準とする標準物売買であり、本件ライマ豆が米国産大粒ライマ豆格外品としては普通程度のもので、製原料という本件売買の目的を十分達しうる品質のものであつたことは、さきに認定してきたとおりであるから、控訴人としては本件ライマ豆を引渡せば売買目的物の給付義務自体はその履行を終えたことになり、被控訴人は、売買代金の減額を請求できるかどうかは別として(尤も被控訴人からはその主張がないばかりでなく、本件見本と本件ライマ豆との間に代金の減額をしなければならないほどの品質の差があつたと認むべき確証もない)、本件ライマ豆の受領そのものを拒むことはできない筋合にあつたものというべく、それにもかかわらず、被控訴人が昭和三五年四月三日頃以来控訴人に対して本件ライマ豆の受領を拒み続けていたことは前認定のとおりであり、さらに〈証拠〉によると、被訴会社が被控訴会社に対し同年八月三日付及び九日付の内容証明郵便をもつて重ねて引取方の催告をしたのに対し、被控訴会社は同月六日付及び一一日付内容証明郵便をもつて、見本との品質相違を理由に引取を拒否する趣旨の回答をしたことが認められるのであつて、被控訴会社が本件ライマ豆の引渡の履行を受けることを拒絶していたことは明らかであるから、被控訴会社はその履行の提供を受けたときから受領遅滞の責に任ずべきこととなり、しかも右履行の提供は、現実の提供を要するものではなく、口頭の提供すなわち弁済の準備をしたことを通知して、その受領を催告するをもつて足りるものといわねばならない。そして、〈証拠〉に弁論の全趣旨を綜合すると、控訴会社は、本件ライマ豆とともに汽船プレジデント・バン・ビューレン号に船積して輸入した米国産大粒ライマ豆格外品のうち、本件ライマ豆三〇〇トンについては、さきにも認定したとおり九〇キロ入袋詰三、三三四袋(300.06トン)として住友倉庫株式会社の前記倉庫に寄託したうえ、倉荷証券(計三一枚に分割)の交付を受けてこれを所持し、前記履行の提供をした当時、被控訴人から引渡を求められればいつでも右倉庫から本件ライマ豆の返還を受けて日田駅に送付し、被控訴人に引渡すことができる態勢にあつたことが認められ、右認定の事実によると、控訴人は、口頭の提供に要求される弁済の準備をととのえていたものとするのが相当である。また被控訴人は本件ライマ豆の引渡場所を日田駅レール渡しの約であつたと主張するのに対し、本件履行の提供において、控訴人が神戸市兵庫第一突堤所在の前記倉庫で引渡す旨の通知をしたことは前示のとおりであるが、かりに本件ライマ豆の引渡場所が日田駅レール渡しの約であつたとしても、本件売買代金の義務履行地については特約を認めうる証拠がないから(売買代金の一部が約束手形で支払われる約定で、その際支払地を日田市とする約束手形の振出が了解されていたとしても、それだけで代金支払の義務履行地を日田市とする特約があつたとはいえない)、その義務履行地は債権者である控訴会社の肩書住所(営業所)と解すべきで、本件ライマ豆の引渡につき、売買代金の支払と同時履行の抗弁権をもつ控訴人が現実の提供を必要としない口頭提供の場合に、売買代金の義務履行地と同一市内にあつて、かつ本件ライマ豆の保管場所でもある前記倉庫を、便宜売買代金決済の受診場所に指定し、同所で売買代金の支払と引換に本件ライマ豆の受渡しを求める旨の受領の催告をしたとしても、口頭の提供の要件とされる受領の催告として信義則上その効力を否定すべきではないものと解せられるから、控訴人のした口頭の提供は適法で、これにより被控訴人は売買代金の支払につき、本件ライマ豆の引渡との同時履行の抗弁権を失うに至り、本件売買契約は、前示催告期限の経過とともに、被控訴人の売買代金債務の不履行により解除せられたものというべく、従つて、被控訴人は控訴人に対し右解除によつて控訴人に生じた損害を賠償すべき義務がある。

六、そこでその損害額について検討するに、本件売買契約成立後豆類の相場が著しく低落したこと及び本件ライマ豆が米国産大粒ライマ豆格外品として普通程度の品質をもつことは前示のとおりであり、〈証拠〉に弁論の全趣旨を綜合すると、米国産ライマ豆格外品は穀物取引所に上場されてはいないけれども、阪神地区の雑穀問屋商間での通常取引価格による平均相場が存在し、本件売買契約解除当時の右平均相場は六〇キロにつき二、二五〇円程度であつたこと、及び、控訴人が昭和三五年一一月一四日日本件ライマ豆のうち五〇〇袋(四五トン)を競落代金一、七二五、〇〇〇円(六〇キロにつき二、三〇〇円)で自助競売し、残りの二八三四袋(255.06トン)を代金九、七七三、〇〇〇円(六〇キロにつき二、三〇〇円)で任意売却して本件ライマ豆を処分したことが認められる。もつとも、右自助競売は、商法第五二四条の規定にもとづいてなされたものであるところ、同法条は、商事売買において買主側の事情により目的物を引渡せないでいる売主に対し、目的物給付義務を免れる途を開くため、特に自助競売を認めたものであるから(従つて、目的物の一部についてのみの自助競売は許されないし、立法論としてはともかく、現行法上は、たとえ取引所の相場のある物であつても、競売にかえて任意売却をすることは許されない)、本件のように売買契約が解除されたのちにあつては、もはや同法条を適用する余地はなく、右自助競売は誤つてなされたものというべきであるが、その競落代金の額は右任意売却による売買代金の額と同一単価によるものであり、その価格が不当に低廉であるとも認められないから、結局、控訴人が相場の暴落のため、本件ライマ豆を単価六〇キロにつき二、三〇〇円、合計一一、五〇二、三〇〇円で処分せざるをえなくなり、これと本件売買代金である一六、七五〇、〇〇〇円との差額五、二四七、七〇〇円は、本件売買が解除されたことにより控訴人が蒙つた損害と解して差支えがないものというべく、このことは、本件売買契約上の売買目的物が不特定物であり、本件ライマ豆が種類債権の特定(集中)の手続を経ていたかどうかによつて別異に解すべきではない。

控訴人は、さらに競売売得金から差引かれた競売手数料一四、七六〇円についても、契約の解除によつて生じた損害であると主張するけれども、右は自助競売によるべきではないのに控訴人が誤つてその手続をとつたために生じた無駄な出費であるから、本件売買契約の解除と相当因果関係のある損害とすることはできず、控訴人の右主張は理由がない。

七、してみると、控訴人の請求は、被控訴人に対し右損害金五、二四七、七〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和三五年一二月二六日から完済まで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、これを認容すべきであるが、その余の部分は失当としてこれを棄却すべきものであつて、これと結論を異にする原判決はこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(宮川種一郎 竹内貞次 平田浩)

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